なぜ浅草(東京)に牛がいないのに、靴産業が有名なのか??に関するプチ情報

毎度ご利用いただき誠にありがとうございます。

伊藤登商店の伊藤でございます。

先日、小学生が「地場産業を学ぶ」ということで、弊社に革の勉強をしに来ました。
その時に「なぜ浅草(東京)に牛がいないのに、靴産業が有名なのですか??」という質問があり、今回はこのことを書いてみようと思います。


浅草は靴の町として知られていて、今でも地場産業として言われることが多いですが
それには江戸時代から明治時代に実在した弾直樹という人物の功績があげられます。
今では考えられませんが、昔はこの皮革を販売することは当時の幕府や政府、 権力者から権利を与えられている時代がありました。

その権利を所有していたは軍靴の需要が拡大することを見込み、滝野川(今の北区王子)
に靴の工場を作り中国人やアメリカ人を講師として雇っていました
皮革製造には大量の水が必要であったため、浅草今戸の工場を移転し、 約500人を職人として養成しました。
結局、その事業は失敗に終わってしまったのですが、その名残があり浅草周辺は靴の町として知られることになります。

という感じの事を、もっと柔らかく小学生には話しました!!!

以前、祖母が昔を振り返り、「当時は『皮革産業が儲かるから』と田舎から多くの人がこの業界に入った」
という話をしてくれていましたが、その祖母が亡くなってしまった今となっては 当時の事を聞くことが出来ず、
もっと話を聞いておけばよかったと後悔しています…

それ以外にも、「革製品の魅力は??」という質問もありました。
◆合成皮革やビニール製品は購入した時が製品としての100%の状態で、使用していく
うちに劣化などにより価値が下がる傾向にあります。

◆天然皮革は購入した時はまだ0%の状態であると思います。使用していくうちに
経年変化を重ね100%に近づいていきます。これに愛着が加わっていけば100%+αの
価値になっていきます。


なので、愛着を持って皮革製品を使ってください。と話しました。

どこまで子供たちに伝わったかわかりませんが、これを通して将来一人でも皮革製品を
使ってくれるか、もしくは皮革業界で働いてくれれば良いなと思いました。
それまで、この産業を残すために少しでも力になれるように仕事をしていきたいと思いますね!!